鏡石越しの
雨の日は嫌いだった、あの男を思い出す要因になるから。

死す直前に彼が望んだことが現実となった。
籠りが明けても、幾月も経っても、左肩に皮膚の色をすこし変えて痕になったまま消えない。
今日のように雨が降ると、軋むように痛んだ。

首が刎ねられたのに、あの男は生きているのだ。僕の身体の中で息をしている。
皮が引きつる。
鏡石に映る僕の、他の部分より赤いこの傷痕に、あの男がいる。憎らしい。
いつまでも僕の目の前から姿を消そうとしない。
どうしようもない、弱い人間のくせに。

村から無理やり引き離された僕は、地獄のようなこの王城で、孤独に生きていけと告げられた。
この城の人間はみな敵で、あの男も例外ではなかった。

一番最初の印象は、関わり合いになりたくない奴というものだったと思う。
剣を振る訓練を始めた切っ掛けは、自分の身は自分で守るしか方法が無かったからだった。

二度目の相対のときに、苛立ちを覚えた。
僕が寵愛者だとわかった途端に手のひらを返す、上辺ばかりの浅はかな人間性が滲み出て不愉快だった。

彼は衛士仲間の友人が居た。帰る場所もあった。迎えてくれる家族も居た。
僕が奪われた全部のものを持っていた。

試合場で対峙すれば、あの男が自分自身で手に取った剣にも関わらず、切っ先に乗るのは迷いだけ。
相手に勝てず自己に勝てず、あまつさえ未分化の子供にさえ敗退する始末。
心も身体も弱い人間が、試合で勝利なぞを勝ち取れるわけがない。

あの男には共感も憐憫も何一つ沸かない。

ようやく消したと思っていたのに。
消えない、消えていない!
金属に反射する光。赤い飛沫。お前の目つき!
世界が倒れる光景が、今でも、あのときのままの速さで思い出せる。

……煮えたぎる思いのぶつけどころがないのが悔しかった。

忌むべき相手は、自分の身体に貼りついたまま、のうのうと生きている。
この傷が無くならないのなら、いっそこの身体ごと消してしまおうかと思った。
心中でしかなくて、吐き気がした。

外から聞こえる雨音が強くなった。
傷がまた息をする。

呼吸を止めたくて、爪を立てる。
また消えにくくしてしまった。

舌打ちをひとつして、寝台に深く潜った。