市へとお誘い
心地の良い日和の中、僕はグレオニーと中庭散策に出ていた。「本当、良い天気ですねえ。」
太陽を見上げながら、グレオニーは間延びした声で言う。
散歩道を並んで歩いて、今日は随分と人通りが少ないなと思う。
と、市が開かれていることを思い出す。
そういえば、以前、市で会ったとき彼は仕事中だった。
今日は休みの日だから、二人でゆっくり見て回れるんじゃないだろうか。
そうと思い立ったら出発だ。
「え、え、市に行くんですか?」
僕に腕を引っ張られて、慌てた様子でグレオニーが言う。
「お出かけなさるなら、準備しなくちゃいけませんよ。ほら、御印のこともありますし。」
反対側の手で額を指差す。
確かに、ローニカに市に出かけるときは準備があるから声をかけるよう言われていた。
少々面倒だが、部屋に戻って市に行く準備をしよう。
僕が手を引いて歩き出すと、グレオニーは突然立ち止まった。
何事かと振り返ると、彼は困った顔をする。
「流石に手をつないだまま、城内は歩けませんから。」
僕自身は全く構わないのだけど、仕方がない。
名残惜しく思いながら手を離す。
まあ、すぐにまた手をつないで市見物と洒落込むのだから、さほど気にすることではないとは思うが。
「え、市でもつなぐんですか?」
嫌だったろうか。
城と違って僕の知り合いは居ないのだから、人目は気にしなくてもいいはずだ。
「い、嫌なわけないです!嫌じゃないです、手をつなぐのは。」
ぶんぶんと左右に手を振ってグレオニーは言う。
「市では衛士の巡視をやってますから。そういうとこに見られるのも駄目ですよ。レハト様のお知り合いだって確実に居ないとは限りませんし。」
見つからないように服なんかに隠して、こそこそするのはどうだろう。
「手が見えなかったら良い、ってことにはなりませんからね。腕と繋がってますからね。」
では、もし見つかったときは遊びの一環だと言い張ってみるのはどうだろう。
「言い訳前提なのがもう駄目ですって。そもそも、レハト様と俺が遊びで手をつないでるって、それこそまずくないですか。」
なんだか頑なに拒否される。
僕はグレオニーと手をつないで、市見物をしたいのだ。
折角の良い天気、彼も僕も休日。そこに手つなぎで市を訪れる。
まあ、言うなれば逢引である。
そういう誘いなのだが、わかってはくれないだろうか。
僕は両手でグレオニーの手を包み、彼を見上げる。
「そんなにこだわられましても……。えーと、どちらかだけなら俺も楽しくご一緒できるんですが。」
どちらか片方だけなんて、そんなことでは足りない。
兄弟や友達でも、片方だけならできるものだ。
両方を求めているのは、恋人同士を主張したいからなんだ。
どっちもじゃなくては、嫌だったら嫌なのだ。
僕が意見を譲らないでいると、グレオニーの口元が不意に緩んだ。
「……なんだか、本当に小さい子供みたいですよ、レハト様。弟に、駄々こねられてるみたいです。」
僕を見下ろして微笑むグレオニーの顔に、くらりと力が抜けた。
兄弟の感覚に捉えられないようにと思っていたのに、弟のようだと告げられてはどうしようもない。
僕はがっくりと肩を落とす。
グレオニーは全くもってわかっていない。
「レハト様?」
疑問符を浮かべるグレオニーにもういいのだと言って、僕は適当な木陰に腰を着ける。
「あ、じゃあ、その……手でも、つなぎましょうか?」
気恥ずかしそうにグレオニーが尋ねてくるが、なんだかもう、どうでもいい。
こうやって照れた顔をするくせに、僕を弟と呼べるのだから、まだまだ恋人に見えてないんじゃないか。
それもいいと、僕はグレオニーの提案を突っぱねて、不貞腐れる。
「そ、そうですよね。すみません。」
あからさまに落ち込んだが、放っておこう。
……とりあえず、次回はもう少し強引さを無くしてみるべきかと、僕は考えるのだった。