よくあること
レハト様は華奢な方だから、重いものは持てない。というか持たなくていい。お手を煩わせたくないし、俺に任せて欲しい。
けれども訓練場が今でも好きなんだそうで、荷物の類だけではなくて剣を持とうとなさるのが、心臓に悪い。
怪我でもされないかいつも心配になる。
でもお断りして悲しいお顔をさせたくもないし。
なるだけ軽くて小さい剣をと思って選別している間に、レハト様は颯爽と大きめな木製の剣を引き抜いていった。……うーん、あれは重いんだけど、鋭いわけじゃないから大丈夫か。
緩慢な動作で何度か素振りをするけど、重さにふらふらとレハト様の体の軸がぶれる。右前につんのめるように振り下ろす。
できないところも可愛らしいよなあ、とか考えてたら刀身が地面に刺さった。
難しいと呟いて、レハト様は地面に突き立てた剣の柄頭に両手を乗せて寄りかかる。
無理に剣振るわなくってもいいのになあ。
上がった息を整わすために浅い呼吸が繰り返されて、肩が上下に揺れる。
薄らと汗がにじむ肌に乱れた髪が張り付いているのが見えた。
…………なにも考えていない。
決して何も考えていない。
今現在に似つかわしくない全く別の場面を頭の中に過ぎさせていたりはしない。
駄目駄目。なに考えてるんだか。
あ、違う。なにも考えてないんだった。そう、なにも考えていない。やましい感情は持ってない。
見たものは全部、一旦目を閉じて頭の中から忘れることにしよう。違うことで頭をいっぱいにしよう。
そうだな、えーと、レハト様に怪我がなくて良かった。重い剣だとすぐレハト様疲れちゃうから、どこかにぶつけるんじゃないかとか、どこかで斬ってしまうんじゃないかってハラハラしなくて済むんだな。
特にさっきのなら……さっきのレハト様、すごくつやっぽく見えたんだよなあ。強い昼間の光の下であっても、あの白い肌は綺麗なんだなあって改めて……あー、そうじゃない。そうじゃないぞ、俺。
終わりの見えない思考回路に踏み出しかけたところで、弱弱しいレハト様のお声に呼ばれて意識を引き戻す。
レハト様は随分と困った様子の顔をして、地面から剣が抜けなくなったと訴える。
ざっくりと地面に埋まったままの剣はそんなに深く刺さっているわけでもなさそうだ。大して困った話だとは思わないけど。
それでも、お願い助けてと潤みがちな瞳でこっちを見上げられたからすぐに引っこ抜いた。
そういう表情も今は変な方向に持っていってしまいそうだから、あんまり見てられない。
抜けましたよと剣をかざして見せれば、これでもう一回練習できるね、と屈託のない笑顔でレハト様は手を伸ばす。
ま、まだ訓練やりたいのかな。 個人的には今はもうできれば、切り上げてもらいたいんだけど。ああ、でも、レハト様はとっても楽しそうだ。
俺もちょっと身体を動かしていきたいのは確かなんだよな。
なにかでこの感情を発散してしまわないと、このまま持ち越すのは絶対耐えられない。