笑い上戸に乾杯
廊下を歩いて部屋に近づけば近づくほど大勢が喋る声が大きくなる。
明日は早いし、ちょっと覗いたらどっかに避難したほうがいいかもしれない。
自分の部屋から避難するってのも、おかしな話なんだけど。
主日はみんな休みなんだろうなあ。随分盛り上がってる様子だからきっと安眠できない。

いちばん騒がしく聞こえる扉を開けば、「おうおう、おかえりぃ」と足元に転がる赤ら顔の同僚がにへらと笑う。危なかった……踏むとこだった。
既に一名倒れてるということは、部屋の全員がかなりの……と見回す前に両腕を引かれる。慌てて足を踏み出したら呻き声がした。すまん。

「はいはい、おかえりグレちゃん。手土産もなしなんて、気が利かないねえ」

酒が回った陽気な声に、宴のど真ん中に座らされる。
場所を提供してるだろ、場所を。フェルツにも提供してもらってるけど。

「部屋のどこ漁っても、安い果実酒一本すら見つからないんだもの!私と寵愛者様がさあ、良いお酒出してあげる羽目になったんだよ?友達思いだねえ、私たちは」

二人揃って、ねー?とわざとらしく大きく首を傾げる。
人の部屋は勝手に漁っていいもんじゃないだろ。

「そういうことだから、グレちゃんは盛り上げ係にしようねえ」

ハイラがレハトを見やれば、レハトは不敵に笑って見せてから、持っていた瓶からカップに勢いよく酒を注ぐ。
なんか、いつの間にか視線だけで会話できるくらいハイラと仲良くなったらしい。
兄貴分としてはそこは、大変に喜ばしいなあと思う。でも、それかなり強い酒だな。そりゃあ滅多に飲めない良い酒だけど、そのなみなみ注いだ量は。

「はいっ、グレちゃんのー!ちょっといいとこ見てみ……もごっ」

なしなし。一気に飲んだら死ぬ。
無理やりに手渡してきたハイラの口を塞ぐ。
こんな大きい器どこから持ち出して来たんだ。たぶんレハトだけど。
よく見てみれば全員分用意されている。だからか、こんなに空き瓶があるのは。

これはみんな明日起きられないだろうなあ。
眺めていれば、しゃがみこんだレハトがにっこりと笑って「飲まないなら貰うよ?」と言って、俺の手元を軽くする。
高々とカップを掲げて、真っ赤な顔での「レハト、行きます!」という堂々たる宣言に周囲がどっと沸く。

「よっ、流石寵愛者サマ!リタント一!」「レハト様素敵ー、惚れちゃうー!」

同僚たちからの調子の良い煽りに、当の本人は「男を惚れさせることができるんだから、落とせない女なんて居ないよなー?!」なんて返してるんだけど、なんかあったのか。自棄酒なのか。
しかし勢いに流されてはまずいので、口を付ける前に没収。

カップをとりあげると、レハトはずるずるとそのままくっついてくる。そんなに執念深くされても……。
じりじり格闘していれば、入り口のほうからひょっこりフェルツが顔を覗かせた。今までどこに。

いやいや、ともかく丁度良いところへ現れた友人に助っ人を依頼しよう。
俺が目いっぱいに伸ばした腕の先に掴むカップに、つま先立ちで手を伸ばしてるレハトをどうにかしてくれ。
フェルツはこちらの状況に困った顔で笑ったあと、片手に収まるくらいの瓶を取り出して、ひらひらと振る。

「レハト様、ずっと飲んでて飽きてませんか?ほら、これ新しいやつですから」

それを受け取ってレハトは、楽しそうに一言「いいねえ」とふらふら輪の中に交じる。
新しいやつって、あんなに酔ってるとこに渡して大丈夫なのか。

「ああ、あれ酒じゃないから問題ないぞ」

ほら、と指を向けられて、再びのレハト行きます宣言が行われている向こうを見やる。
瓶の中身を喉の奥へ流し込んだレハトは、自分に贈られる拍手にご満悦だ。
なるほど目立ちたいだけみたいだった。
それにしてもひどい酔っ払いの多い飲み会だ。

「……今日はな、レハト様がノースタスさん連れて来て、本当の愛とは何かについて語り合うって言いだしてさ」

フェルツがここにはいない先輩の名前を挙げる。その名前に、それから弟分のさっきの台詞に、思い浮かぶ顔があることに気付く。
レハトは子供の頃おつきあいがあったみたいだけど、ユリリエ令息は今も明確な相手は決まっていないから、そういうことなんだろうなあ。

以前は同じ相手を取り合う間柄だったけど、衛士に就いてからはレハトとノースタスさんはそれなりに親しくできてるみたいだ。仲間意識を強く感じるとかなんとか。未だ好敵手でもあるっていうことも、言ってたけど。
とりあえず仲良くできるのは良いことだ。

「最初は普通だったんだけど。そのうち、ユリリエ令息が振り向いてくれない愚痴大会になってな」

あとはもう勢いのままに酒が減っていくだけだった、と告げるフェルツの目が遠くを見てる。
そういう仲間意識なのか……。止めようとしても止まらなかったんだな。

もしかして、今日はレハトなりに恋愛相談の会だったのかもしれないと考える。顔ぶれも珍しいし。
仕事があったのもだけど、そりゃまあ俺は誘われないよなあ……。
この惨状だと、有意義なやり取りは生まれてないんだろうけど。

呟けば、苦笑いと一緒に肯定の答えが返ってきた。
それからフェルツは、「明日早かったよな?」とこちらを気にして言う。

「ノースタスさん運んできたときに、シーニィスんとこ空いてるって聞いてきたから、そこいっとけ」

フェルツ一人にこの飲み会の収拾を任せてしまうのはちょっと気が引ける、……けどやっぱりお願いします。
なにからなにまで頼りになる友人に手を合わせる。本当にフェルツには頭が上がらない。

「気にするな、慣れてるよ」という返事にも本当に足を向けて寝られない。
なにかの機会のときには代わってやらなくちゃな。
今夜のところは、悪酔いした弟分を引きはがしながら、変わらず入り口で寝そべる同僚を避けながら、もうしばらく騒がしいだろう酒宴を後にした。