多色
周囲には見知った顔しか居ないのに、待ちに待った日だというのに、喜ばしいという感情よりも緊張のほうが勝っている。
着慣れない華やかな衣裳に身を包んで、彼女の準備を待っている。
きりきりと痛む胃の辺りを撫でていると、友人に呆れた顔をされた。好きで痛いわけじゃ無いんだって。

何度か深呼吸をしてみても一向に落ち着く気配が無い。こんなにそわそわしてしまうのは、久しぶりだった。
数年前の自分だったら、今のように浮き足立ってしまうのは、日常茶飯事だったと思う。
時間が過ぎて、自分は精神的にも肉体的にも、成長したと思っているんだけど。
なんだか、以前に戻ってしまったような心持ちで、本当に落ち着かない。

今日の日に用意させた衣裳をまとった彼女は、眩暈がしそうなくらいに綺麗だった。
心臓が跳ねる跳ねる。見惚れてしまってどうにも言葉がでない。
その場に突っ立て居たら、頬を赤く染めて微笑んだ彼女に「ありがとう」なんて。それを伝えなくちゃいけないのは俺のほうなのに。

座る彼女の手を包むように取ったら、その指がらしくなく冷たくて、自分だけが緊張しているのじゃないと思った。
丸く整った爪の先へそうっと口づける。
彼女へと、心からの忠誠を、それ以上に親愛を。

目を合わせて告げれば、彼女は顔全部を崩す。
だから余計に俺がしっかりしなくちゃいけないのに、やっぱり本当に今日は駄目みたいだ。
その目じりを中指の腹で拭えたぐらいで、結局自分もつられてしまう。泣き顔なんて、もう何度も見たし見せたものだけど。
柔らかい指に僅かに震えて握り返された。

我慢してきたこともさせたことも、全部がもう大丈夫だって強く言いきれるものではないけれど、ここへ登って来るまでに証明してみせたものは、簡単に蹴飛ばされることはない。
この場所に引け目なく立てるようになるんだ。苦しい思いをさせないための正式な力があるんだ。

あれからずっと、忙しく立ち回っていた自分の中でさえ、本当に長い時間だった。
それを待っていてくれた彼女は、きっともっと膨大に感じている。
もう、何年も経つのだ。彼女の隣に立つことを決意してから。
長く待たせてしまった。長く支えてもらった。ようやく、彼女に相応しくなれた。

相変わらずお決まりのように降る雨と周りいっぱいの拍手が、溢れそうなくらいに響いていた。