静にしている

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愛していると告げたのは決して嘘じゃないし、今のこの瞬間だって、その感情が覆るきっかけは全くない。
たまたまあの日、私の頭を占めていたのが、お前よりも彼女だったからこうなってしまっただけだよ、きっと。
私が選んだのはこの性だったとしても、私が共に居たいと願ったのはお前に相違ないんだ。
遠く、知らぬところへ別れるという選択は私はできなかった。

困るのは、困る話だよね。お前にはたくさん制約をつけた。
それでも逃げ出そうなんてしたことがないから、肯定してくれていると思っているよ。それとも諦観なのかな。

尋ねたわけでは無いけれど、お前に向かって放った言葉に、お前は少し俯いた。瞼をおろそうとするから止めた。
目を閉じては駄目だよ。首から下もあんまり見ないほうが良いだろうけど。
鏡石で毎日覗き見る私の顔は綺麗な方だと思っている。社交の席に出れば、皆は私を花や宝石に譬えてみせるのも同じく。それがお前の好みかは置いといてね。
宴の賑やかしになっているだけで良い仕事は楽なものだった。お前に会う暇が多いのも嬉しいと感じているのだけど。
喜んで良いところだよ?と微笑んで見せれば、お前は眉を下げる。どっちなんだ、それ。

勿論そういった交流は表面上だけのものだけで、今や彼女と私の間柄を知らぬ人間なんて、探そうと思ったら、それこそ藁の山から針を探すようなものに違いない。
お前を囲っておいている話を知っている者も多からず居るみたいだった。人の秘密を握れるような噂なんてものはどこへでも漏れるものだね。
それだってお前が外へ出て誰ぞに顛末を話でもしない限り確かめようのない話だ。
もっとも目立つのは彼女の話ばっかりで、お前のことはその陰に隠れたままだから、気にも留めなくて良い。

お前は、お前は私に触れられる感覚だけ覚えていれば良い。与えられている間はたぶん勘違いしていられるから。
手を合わせて指を絡めれば、お前は私の言った通りにする。目も閉じないし、余計なことを聞きもしない。
指の長さも太さも、お前よりはまだ少しだけ細いけれど、随分似通うようになってしまった。腕も胸も腹も、お前と同じ形だ。
まだ子供の頃のほうが良かったね。
手の甲に触れるお前の指が冷たい。

言葉にしたら他人の考えは知り得るのかもしれない。言葉を介して悪意も好意もまっすぐ伝達されるのかもしれない。
しかし、それに伴う行動を取るかはまた別の話ということは、お前が一番知っている。あの日、お前に言わせたのは紛れもない私なんだから。

薄暗がりに、高い位置に置いた燭台の蝋が焦げる音がする。乾いたお前の唇が久しく言葉を紡ぐ。

「……わからないんです、俺。貴方の考えていることも、俺が考えていることも」

続きを考えているのか、話すのは終いなのか、それだけ言うとお前は口を閉じてしまう。もっと聞きたかった。
求めればお前は、口を開きかけてほんの少し息をしただけでまた結ぶ。
急がせる気はなかった。時間は腐るほどある。
幾らか無言を過ぎさせたあと、一度視線を逸らして繋いだままの手を握り直した。お前が話し出したのはそれから。

「貴方がくださる答えは、この形なんですよね。俺はこれが、こうしているのが……とても、真っ当なものだとは思えません」

締め付けられた喉の奥から、掠れた声が絞り出される。

「……俺は、貴方を、まだ……。それでも、目の前の貴方は、やっぱり……」

途切れ途切れの言葉は、相変わらず嘘をつくことはしないみたいだった。
お前のほうへ向き直れば、苦しげに歪んだ顔をしていた。
同じ高さで合う瞳は私だけを見ていたけれど、揺らぐその色は随分と不安そうで、ああ、ごめんなと単純にそう思った。その目も嫌いじゃなかったから、私はこういう選択をしてしまえたのだとも思った。

お前から離れるように後ろに倒れて、寝台に背をつけた。天蓋が近い。
私はお前の本心には、結局こうやって何も答えられない。肯定も否定も思考に乗せてはみるけれど、それだけだ。

繋いだ手の、お前の指の間から私の指をゆるゆると引き抜こうとすれば、私の手が逃げきる前に、お前が捕まえた。
確かめるように握り込まれる。冷たい汗がにじんでべたつく。
お前からそうするなんてとても意外で、視線をくれてみたら強張ったままの表情だった。

しばらく黙って待ってみたけれど、それ以上は何もしないようだった。

腕の長さのぶんだけ遠くにあるお前の顔を引き寄せた。
あんまり力を入れないでも、こちらへ来る。こうして簡単に寄せられるくらいお前は私を拒んでいないんだろうし、私も力がついてしまったんだろう。
もしもこのまま徐々に拒絶ができなくなってゆくのなら、私は幸せだな。
重ねれば、高いほうから低いほうへ熱は移っていく。
この感覚だけ残しておいてほしい。他の要素は全部飛ばしてしまっておいてほしい。

「っ、……申し訳、ありま、せ……」

離れてから目があって、その第一声が謝罪っていうのも切ないものだよ。
お前は、よく泣くね。

溶けた油を全部吸い込んで、明かりが消えた。もう何も見えない。