真昼の訓練場
金属のぶつかる高い音を何度も響かせて、レハトは繰り返し繰り返し刀身を打ち込む。
一緒になってやるのも慣れた、剣術の自主訓練中で、俺は打ち込み相手に立っていた。
背の低い彼の下からの一撃を弾けば、次の手のために腕が持ち上げられて、すぐに俺が示した場所に正確に決められる。
数えて、ちょうどキリの良い回数の時に彼の名前を呼べば、集中に睨まれていたのが少し緩む。

一つを吸って、レハトの瞳に真剣な色が戻ったら、ラストスパート。
振りかぶってからのひとうちを受け止めて、そこからの鋭い剣の連続に合わせる。
隙なんて与えないくらいの速い打ち合いが小気味の良いリズムになる。
お互いの打つ打たせるの癖を、もうわかっていたりするから、こうやってちょっと遊べたりするんだ。
最後は気持ちよく、まっすぐに狙える場所へ構えて、レハトはそこに力を込めて剣を下ろす。

ぐ、と俺が本当に腰を落として受けないと、うっかり気を抜きでもしたら、押し負けてしまいそうになる。
相変わらず、ほんの数か月前は素振りを十数回するのがやっとといった様子だったのが、嘘みたいだ。
みるみると剣の実力をつける彼を見ていて、自分の物としてしまうその早さは、本当に誰も真似できないくらいで、これが神の寵愛を授かるということなのかとしみじみ考えてしまう。

ここまで、と告げて、じわりと痺れの残る両手に込めた力を抜く。上がった息を整える。
首元を開ければ、汗の伝う肌に空気が触れてすずしい。

目の前のレハトは地面に剣を突き立て、それに被さるように凭れかかって、大きく肩を上下させる。
口の中を唾でしめらせ飲み込む音がした。きっと喉の奥まで乾いてる。
まだまだ体力面では追いつかれないことに、少し安心した。
詰め所のほうに視線を走らせながら、すぐに飲めるものはあったか思い出す。……あー、汲みに行かなきゃいけない気がする。

幾らか一呼吸の長さが落ち着いて、持ち上げられた彼の顔は、一旦切っ先が地面に向いたら、いつもと同じに気の抜けた表情で、やりきったと感想をこぼす。
それに、よく頑張った!と笑って見せる。
向こうもくしゃりと表情を崩すので、そのまま汗に濡れた頭をよしよしとなでる。
昔に、褒められたのが嬉しかったことを思い出しながら。
ついでに押しつけがましくない程度に兄っぽく振る舞いたいのも合わせて。

途端、上気して少し朱が差した、ぐらいだったレハトの頬が一気に真っ赤になる。
何か考える前に反射的に手を離した。
驚いてしまって、え、と声が出たのもすぐに飲んだ。こちらに向いていた視線があやふやに逸らされる。
ええと、悪いことでも言っただろうか。いや、さすがに、なでられるのは、恥ずかしかったかもしれない。
喜ばせようと思ってだったのだけど、逆効果だったか。あんまりにも子供に見すぎた行為だったかな。

強張る横顔に、気まずく謝る。
以前に気兼ねのしなくていいままでと言われてから、すっかり気持ちが緩んでしまっていた。
彼はもう来年で成人で、やっぱり国王候補で、そう扱うのが適当なわけじゃなかったと再確認する。心情的なものとはまた別だ。

もう一度謝ってから、そそくさと離れるものでもなし、かといって声もかけにくく、とりあえずレハトの返事を待つ。
見下ろしていれば、ぎぎと重たい扉みたいにゆっくり、彼がこちらを見上げた。
変わらず頬を染めたまま、あの!と妙に上ずって言う。
本人も気づいたらしくって、ごくんと一つ空気を飲み込んでから、続きを話す。

レハトは毎日武芸に勉学にと修練をしているけど、その出来栄えが良かったとしても、指導の先生方からは寵愛者様であらせられるから、と言われがちなんだそうだ。
中には普通に褒めてもらえることもあるのだけど、頑張ったときの努力は徴のものではなくて自分の力でありたい、と言う。
言われてから、先程の自分も、彼の力はやはり寵愛者所以のものと考えていたことに気付く。
当然、レハトの全部を徴だけで見ているわけは無い。でも、レハトを一番近くで見ているはずなのに、そう考えたことを少し恥じた。

話しながら、レハトはだんだん必死に訴えるような口調になってきて、真っ赤な顔のまま言葉を続ける。
頭なでてくれるのなんて誰もいないし、グレオニーだと嬉しい……とこちらを窺うみたいに目を合わせられて、なんだかちょっとかわいいと思う。
さっきの態度には、俺が悪いことを言ったとか、嫌だったとか、そういうことはないようだ。良かった。
寵愛者などではなくて、剣と訓練場の好きな幼い人。毎日毎日、顔合わせるのは彼が頑張っていることの証なのだ。

改めて彼の目線に合わせてしゃがんで、わしゃわしゃと褒めてみせると、今度のレハトはそのまま歯を見せてはにかむ。
その態度にほっとした。彼の兄貴分で居れるのは嬉しい。彼の良き理解者であれるのは嬉しい。

手袋越しにも彼の体温は高かったので、休憩を提案したいところなんだけど、水分はこれから自力で取りに行かなきゃならない。
そう告げたらレハトは苦笑してから、じゃあもう一頑張り、と先に歩き出した。