久方ぶりに
どうにもやっぱり俺は根っからそういう性質らしく、二年ほど前の勤め先に行くのにも(しかも教師として教え子の同伴で)緊張してしまっている。
がらがらと兎鹿に引かれた車輪が、土を踏む音から石を踏む音に変わる。
もうすぐ城に着く。

鹿車を降りて、昔に自分も通った道をなぞって、開けた場所に着く。雲の一つもない空の青と、静かに凪いだ湖面の青に挟まれて、城が見えた。
綺麗ですね、と教え子が呟いて、それに肯定の返事をした。
今日は晴れている。

以前と変わらない正門に、馴染みの無い衛士が立っていた。
身分と姓名、それから登城の理由を尋ねられて、あれこれ返す。ああ、何度もやったなあこういう仕事と、自分のことを思い出す。
結局、性に合うのは田舎で教師だったのだけれども。

しかしここに居たことは確実に今の自分の糧になって、今日のこの日を迎えている。
彼(そう言えば、今は彼女だそうで)と出会って自分と向き合えて、新しい道を見つけられたと思う。
友人たちの姿を思い出すと緊張していた気分も、なんだか軽くなる。

楽しそうですね先生、と隣の教え子ににやついた顔をされる。
俺がはじめてここに来た時はこんな余裕は無かったのになあ。さっきは先輩となる衛士たちに90度の綺麗なお辞儀をしていたのに。
肝が据わっているのか、単に実感が沸かないのか。どっちにしても真似できたものではない。

塾を開いたと手紙に書けば、是非連れて来いと。むしろ俺だけでも遊びに来いとすぐに返事が届く。
流石にお互い忙しくて、その年のうちには実現できなかった。
少しずつ手紙のやり取りを重ね、レハトが衛士長に就任したという内容が記される。
そこから、まだこちらには来ないのかと続いて、衛士長様直々のご招待に馳せ参じないわけもなく、教え子が試験に無事受かったところで、登城へと至る。

久しぶりなのと同時に初めて見ることになる顔を、想像してみる。
子どもっぽい可愛らしさはあったと思うものの、女性的な感じは無かったので、ふわりふわりと浮かべては、らしくないと消えて行く。
訓練場や試合で剣を振るっていたレハトが女性、だなんて。不思議な感覚だ。

中庭を抜けて城内へ、廊下を進んで、回廊を曲がる。
毎日のように巡回した経路を身体はしっかり覚えていて、自分のことながらちょっと意外だった。

訓練場に入る。休日であったけれども、賑やかだった。
登城試験に受かって、城付きになった新人と俺みたいな引率、それを見に来ている衛士たち。ざわざわと人の話し声が溢れる。

「行きましょう先生!ほら、向こうにいらっしゃるのが衛士長さんでしょう?」

教え子が向ける手のひらの先に、弁を振るっている人物がいて、その前には何人かの新人衛士たちが緊張した面持ちで立っている。
見たことのない背格好だったのだけど、よく覚えている髪の色に、彼女だろうなと思う。

厳かさを湛えた重みのある口調で彼女は話す。やっぱり衛士長になるくらいなんだ。
レハトと付き合いのあった頃よりも、当然(成人後の生活期間のほうが長いのだし)、立派になるわけだ。
手紙の中では幼い頃の印象のままだったので、こうして実を目の当たりにして驚く。文章は無理して合わせてくれていたのかもしれないと、少し焦った。

「あれ、違いました?」

尋ねる教え子には合っていると返す。変わるものなんだなあと、いくらかまた緊張してきた。
しかし彼女自身が頑張って築き上げた場所なんだ。
背筋を伸ばして、呼吸を一つする。さあ、衛士長に挨拶をしようか。

終わった頃合いを見計らって、声をかける。
レハトは(きりりとした女性衛士長は)こちらへ振り返る。
きっと反対側を向いていたときから崩していない硬く強かな表情は、思っていた以上にレハトとわかる面影の残る顔立ちで、目が合ってお互いを認識すると、その顔は一瞬で綻んだ。
それに驚いて何か言葉を発する前に、レハトが駆け寄る。

「会いたかったよ!」

弾けるような声色で、満面の笑みの衛士長に(懐かしさを覚えるくらい子供っぽいレハトに)抱きつかれる。
……ああ、杞憂だった。ふっと力が抜ける。
すとんと胸の高さに収まった弟分に、ちょっとだけ兄ぶりたくなって、ぽんぽんと軽く頭を叩いて「久しぶり」と落ち着いて言ってみせた。

「なんだよ、先生ぶってるの?」

余裕を持った俺の態度に、そう言って拗ねてみせたあと、やっぱり楽しくなってお互いに笑う。
なんの変わりもない様子に二人とも安心していた。

友人と再会を果たしていると、なんだか訓練場がやけに静かに感じる。さっきまで色んな話し声が聞こえていたのに。
ふと周りを見れば、全員の視線がこちらに向いていた。
動揺した様子で固まっているのは若い見慣れない衛士で、笑いを堪えているのは元同僚だったり、先輩にあたる人だったりする。
何事かと疑問に思っていると、真顔になったレハトが随分冷静な仕草で、俺から離れる。

ついに堪えきることができなかったと言わんばかりに、一人の衛士が噴きだす。見やればハイラ。

「いやあ、今でこそ威厳ある衛士長を気取ってますけどね。衛士長様は子供の頃、グレちゃんによく懐く弟分だったものねえ。見たことない人は驚いて当然でしょうよ。さっきの演説とですら、こんなにも人が違うもの。吃驚しちゃたでしょう、ねえ?」

話を振られた衛士は、素直にこくこくと首を縦に振っていた。
さらさらとよく動く口がこの場の解説になっていたわけで、俺もなるほどと理解する。
それを皮切りに、静かだった訓練場が一気にざわめく。

「そうなんですか?意外ですね。」「本当にそうだよな。レハト様、昔は今みたいな感じだった。」「あ、でも俺、怖い衛士長より、そういう衛士長のほうが良いと思いまーす!」

訓練場に彼女への評の言葉が飛び交う。昔の俺の前でのレハトと、現在の彼らの前でのレハトはよっぽどの違いがあるらしい。
教え子も「今のかわいかったですよねぇ」なんて言っている。
あちこちで同期や近しい先輩が詰め寄られる輪ができて、面白そうに話している。それに対して「言うんじゃないっ」って真っ赤な顔をして怒鳴るレハトが走り回っている。

その光景を眺めていると、まだ顔を合わせていなかったフェルツに肩を叩かれる。
振り向けば、苦笑いを浮かべて話し出す。

「レハト様、お前が来るの凄く楽しみにしてたからさ。こうなるんじゃないかと思ってた。」

久々の顔合わせはどうか、と聞かれて変わっていなくて何よりだと答える。
尋ねてきたフェルツの声も返した自分の声も、笑いを抑えきれなくて震えていた。

こういう人の下に就くからきっと楽しいぞ、と教え子に言う。
相変わらず全く張っていない調子で「楽しみです」と返してくるので、なんとか厳しいほうのレハトで(もう遅いかもしれないけど)しつけてやって欲しいと思う。

一通り注意を入れてきたらしいレハトが、仏頂面で戻ってきた。
それからあっちを見、そっちを見、俺のほうに向き直って照れた顔で「久しぶり」と微笑んだ。
改めて俺もそれに答えて、ようやく一息ついた。