あばたも
五代国王の話

初めに対面した時からそうだ。王にはならないと口にしておった。
以後いつ聞いてもそう答えよる。いづれにしても城に残らざるを得ないのだからと教師をつけたが、全く無駄であったな。
あれの元来の体質なのかは知らぬが、意地でも身につけようとせん。
あまりに覚えをせぬものだから、できぬ子ほど可愛いとでも申そうか、見過ごせぬ者になってしまっている。

王にはならぬと宣言したにも関わらずあやつはよく玉座の間に足を運ぶ。
あやつの語る人や地の話は、いつも妙なところが抜けていたり、あやふやであったりすることが多かったが、楽しげな様子を見ているのはなかなかに愉快であった。

あれもこの城に馴染んだのであろう。最近人を好いたと、照れた顔して相談を持ちかけられたことがあった。
憧れの者は男だそうでな。どうしたら我のようになれるかとばかり聞かれたことを覚えておる。
身嗜みは我も使用人に任せている故、大した話はできぬと言えば、そうではないと首を振る。

その体型が良いのだと子供がわがままを言うような口ぶりであった。国王に指差しできる者も、この城にはなかなか居らぬて。
同じ食事を摂れば自然となるであろうと返せば、驚いた顔のあとに、その通りではないかと得心した様子の笑みを浮かべておった。
以来、我と昼を共にできなくとも同じものを摂りたいと言うそうで、時折ローニカが訪ねてきておる。

そのとき話に上がった者は衛士だそうで、護衛に付けたいとも話しておった。
護衛ならば勉強の往き来になろう。
修練嫌いのあれが図書室に通い出す切っ掛けにでもなるかと尋ねれば、散歩に行くためなのでそれはないと急に真面目な顔をして言う。

読み書きくらいは会得しておけと何度も繰り返したが、あれはやろうとせぬ。
言う度、口があるのだから問題は無いと頬を膨らまし拗ねて、最終的に折れるのは我のほうであった。
口を使ってうまく話せたことも無いのだが、どうにもあやつに対しては我も甘い。


事なかれ主義な衛士の話

グレオニーは寵愛者様の側付きに任命されてから、四六時中一緒に居る。
寵愛者様は基本的にお暇らしい。

寵愛者様はお一人でできることが何一つ無い。
勿論、ご身分的に何か自主的になさることのほうが間違っているのだろうけれど、あそこまで何もできないのは流石に困るんじゃないかと思う。……いや、やっぱり困ってないかな。
グレオニーがずっと傍に居て、護衛の範疇を越えて寵愛者様の面倒を見ているし。

寵愛者様はかなり非力だ。
訓練場へとお姿を見せ、剣を振りたいと仰るので軽めのものを用意する。
両手で握って持ち上げ、振り下ろすも、刃の重さに明らかに引っ張られている。
一度、手渡した瞬間にがくんと寵愛者様の両腕が下がったときがあって、グレオニーの睨みもあって、あれは本当に心臓に悪かった。

そのあとは疲れるのか飽きてしまわれるのか、交代にグレオニーが振って見せたりなんかしている。
緩み切った顔で寵愛者様と話をするグレオニーはとても幸せそうだ。

グレオニーが寵愛者様を衛士見習いと勘違いしたのは、今でもよくする笑い話で、そのとき寵愛者様が剣の修練をなさっていたのを覚えている。
寵愛者様が登城なされたばかりの緑の月の、はじめもはじめのほうのことだったと思う。それ以来、寵愛者様が修練に励んでいる印象は、全くと言っていいほどない。
それでも訓練場にはよくいらっしゃっていて、取りあえずはグレオニーの隣が定位置と決めていらっしゃるように思える。

今のグレオニーと寵愛者様の関係は、訓練場を出て、城内どこでも、に範囲が広がったようなものなんだろう。


馴れ馴れしい衛士の話

寵愛者様はね、そりゃあもう驚くくらい何にもできない子だね。
あれじゃあ苦労するって思ったことはあったけど、今はグレちゃんが献身的に付きまとってるから、別に良いんだろうね。本人たちもお幸せそうだよ。

私が寵愛者様のか弱さっぷりを間近で見たのは、いつぞやの市の時だったと思うよ。
その日の私は巡視に出ていて、行き交う人波に怪しい人物が紛れてないか睨みを利かせていたわけ。不審者なんていないけどね、滅多に。

そしたら小さいお子様が一つの天幕の前で、しゃがみ込んでじいっと商品を見てるの。
それが寵愛者様ね。
あんまり動かないんで迷惑だったんでしょうよ、なんだか店主にどやされてさ。それで目に涙溜めてんのね。

何か言えばいいのに、話すのに慣れてないんだか、気圧されたんだか、ぐずぐずしちゃってさあ。
額に布巻いてるから向こうもお偉いさんだなんて気付きもしない。

追い返されてふらふら人の少ない隅っこに行ってしゃがみ込んでた。
しばらく見てたら目に涙を溜めるどころか、しゃくりあげて泣き始めちゃってね。
通行人も驚いた顔をするから、私はそこでようやく寵愛者様に近寄って声をかけたよ。

最初は、誰?みたいな顔されたよ。
覚えてないの、グレちゃんのオトモダチって言ってあげたら、まあ気を許してね。
あれは御しやすいねえ。いくら人に知られていないとは言え、こんなのを野放しにしておいて良いものかね。

それで何泣いてるのか聞いたら、王貨どっかに落としたんだって。
落とすのもだけど、寵愛者様がそれくらいのこと気にするのも、自分の立ち位置をわかっていないお話だね。
そのあと適当に言いくるめてお城にちゃんと帰したよ。

それをグレちゃんに言ったら、「レハト様が困ってらっしゃったらすぐにお助けすべきだろ!」って怒鳴るんだよ。
本当、こと寵愛者様に関しては、強気で出てこれるんだから立派になったもんだよね。
寵愛者様が困っているところに私が出てって、格好良く振る舞って見せて、私に惚れでもしちゃったらどうするのって言い返してあげたよ。
そしたらグレちゃん、急に大人しくなってさ。
しばらく考え込んだあと、「その対応で良かった。」って真顔で言うもんだから可笑しかったな、あれは。
寵愛者様が、そんな一瞬の振る舞いで人を好きになるような性格してたら、グレちゃんなんて絶対に対象になるわけないのわからないのかね。


背の低い侍従の話

今はレハト様はお部屋でお昼の食事中です。
レハト様は実はあんまり上手に食器をお使いになさることができないのでございます。

広間のほうでお食事をなされますと、貴族様方がそれを見て、ひそひそと嫌な顔でお話をするんです。
レハト様はお気づきになられていない態度をなさりますけど、部屋に帰ったら、やっぱり疲れたって私とグレオニーさんに言うんです。
レハト様はいつもすっごく頑張ってるのに、そういうところをちっとも見ないであの人たちは内緒話だけはするんです。
あの人たちは本当にひどいって、私たちは顔を合わせて言うんです。

それでもレハト様は一生懸命だから、ときどき練習なさります。
ローニカさんに教わったり、簡単なところだったら私やグレオニーさんからも教えたりします。これ、サニャたちも勉強になるんですよ。
次の週には忘れちゃってたりもしますけど、レハト様はレハト様らしく振る舞っていられるのが一番だと、私は思いますのです。

いっつもやってたら疲れてしまうのでございますから、今日みたいに自由に食べる日もあるんですよ。

土豚をサイコロ目にしたステーキは食べやすくて、レハト様もお気に入りのメニューでございます。
フォークで刺して口に入れると、レハト様は本当に美味しそうな顔をするのでございます。とっても幸せそうで、それを見ていると私も嬉しくなるんです。

一緒にご飯を食べているグレオニーさんに、その一口をあげたりしているのでございますけれど、流石に私もそれは見てて照れちゃいます。
グレオニーさんのほうは首まで真っ赤です。
そのあと、レハト様はサニャもって言って、お肉を刺したフォークを私に差し出してくれます。
ちょっとだけ迷うんですけど、レハト様のきらきらしたお瞳をしょんぼりさせたくなかったのでございます。
一度グレオニーさんのほうを確認してみるんですけど、グレオニーさんとても話を聞けそうにない感じでしたので、ぱくっと一口いただきました。

美味しいでしょ?って、私に向かってレハト様はにっこり微笑みますのです。
そしたら私も思わず、美味しいですねって、おんなじようににっこり笑ってしまうんです。