週末の予定
レハトは散歩道を随分外していた。目の前は正門近くの広い通りが見える。隣を歩く姿が突然振り向き、市へ行きたいと言いだした。
ああ、そういえば、今週の終わりには久々に市があるのだ。
年が明けてから、譲位や成人の式典諸々があって、中庭の市はしばらく開かれていなかった。
最近少しそれも落ち着いてきて、お祝いも兼ね、催されることが決まった。
当然、みな開催を楽しみにするわけで、人も物も溢れんばかりになることが想像される。
そこへレハトをぽんと放り投げて、いってらっしゃい、なんて言うわけがない。
では警護に、と一言口にした次の瞬間には否定をされた。
レハト曰く、身分を隠して行きたいから護衛が付いていたら怪しい。
ましてや王城の衛士だなんて、お偉いさん以外の何者でもない。
露店の得体の知れないお菓子の買い食いのためには、俺は必要がないとのこと。
じとりと目を細めて、きつめの口調でこちらを指差すものの、相変わらず怖くない。
レハトはあんまり人の上に立つのに、向いてない気もする。
それだから俺もこうして、友達みたいに接してられるんだけど。
得体の知れないものを買い食いするのも心配なんだけど、やっぱり一人なのはとにかくいけない。
もうレハトだって我を押し通せることばかりじゃないってわかっているはず。
俺は改めて、護衛としての職務を実行することを述べる。
レハトは薄らと含みのある笑みを見せた。
そして顎に手を当て考えこむ仕草をして、こつこつと数歩石畳を歩いて、だったら私服にすべきだと言う。
それなら王城衛士とわからず護衛につけるだろうということだ。
私服……でも、いいか。
レハトがどこか走って行かないよう面倒を見るという話なのでまあ、見目はそんなに気にせずとも良し。
巡視の同僚たちに見かけられても、俺とレハトは兄弟みたいなものだと知っているし、問題はないだろう。
レハト側の知り合いのほうに、変な噂が広がらないかどうかが心配だった。
市の通りを真横に突っ切り、草を踏む道にまた入る。
案ずることは無いと、木漏れ日のまばらな影を顔に落として、レハトは返事をする。
その声色は自信に満ち満ちている。
得意げに、既に庶民風の衣裳は取り揃えてきたと語る。
衣裳部屋に籠っていたのは、舞踏会の準備ではなかったのか。
寵愛者とは気づかれないようにできる。握りこぶしをつくって、すべては……そう買い食いのためとレハトは力強く述べる。
なんだろう、その、買い食いにかける情熱は。
尊い方には見えぬよう見事に演出してみせるから、俺は普段通りで構わないとのことだ。
それなら、まあいいのかな。
城の使用人が二人で買い物に来てるぐらいに、見えるようなんだったら。
俺はレハトの条件を飲むことにする。
頷けば、レハトは破顔して、流石グレオニー!と大したことでもないのに、跳ねて喜ぶ。
先程の何か含んだような笑みとは違って、なんとなくこちらの笑い方がいつものレハトだと感じる。
それにしても跳ねて喜ぶくらいなんて、そんなに市が好きだったなんて知らなかった。覚えておかなくちゃ。
俺の右手へ、レハトは自分の左手を差し込んで、本当だね?約束だからね、となぜか念を押す。
いままでレハトとの約束を破った覚えはなかったけれど。
疑問の表情で見下ろせば、はっと何かに気付いた顔をして、照れくさそうに、そうだねそうだねと繰り返していた。
当然今回も約束は守る。
そのほうがレハトが楽しく見て回れるのだったら、たぶん俺も楽しいだろうし。
はしゃぎすぎるかもしれないから、いつも以上にしっかりレハトを見ておかないとな。
笑って言うと、そんなに子供じゃないと反論してくる。
そうすぐに感情を露わにするあたりが、まだまだ子供っぽいのになあと思ったのは胸にしまっておく。
昔食べたあのお菓子がまだ売っていれば良いと弾む声のレハトの話に、相槌を打ちながら、芝を踏んで歩いた。