おいで
ローニカ!俺、犬が飼いたいんだ犬!

「犬ですか?」

不思議そうな顔をして尋ね返すローニカに、俺は勢い込んで話をする。
そう、犬!城内で、すごくかわいい犬を見つけたのだ。

「城内の犬といったら、中庭に放しています番犬でしょうか。レハト様、犬小屋のほうまでお散歩に行ってらっしゃるのですか。」

犬小屋、なのかな?うーん、でもいっぱいいるから犬小屋かもしれない。
いいでしょ、飼っても?

「あちらに居るのは、不審者を見つけるように飼われているものですから。レハト様がお飼いになるようなものではありませんよ。」

でももう芸なんかも覚えさせたのだ。とても賢いぞ。

「そんなにも通ってらっしゃるんですか。」

おやすみの日は、いつも行っていた。
そしたらすっごい懐いたのがいたのだ。だから俺は、お部屋で飼いたいなーって。
あ、お部屋じゃなくてもいいけれど。そばで飼いたいのだけど、いいかなあ?

もう一度聞いてみると、ローニカは少し困った顔をする。
王様に言えば良いのかな。犬飼っても良いですかって、聞きに行くものかな。お城の決まり事はまだよくわかっていない。

「陛下にはお尋ねすることにはなるでしょうけれども。」

真っ向から否定をしないローニカに、もうひと押しと続ける。
俺はちゃんと面倒をみる。ご飯もあげるし、散歩にも連れてく。
何よりもかわいいのだから。そこが大事。

そうだ!ローニカ。今日は暇?
犬を見に行こう。ローニカも見たら、かわいいって思って、絶対飼いたくなるに違いない。

「ええ、そうですね。宜しければ、お付き合いさせてください。」

やった。今日もたぶんいるはずだ。

はー、良かった。ローニカに駄目って言われたら、大抵のことは駄目だから。
ローニカは優しいから俺のやりたいことは好きにさせてくれる。
それでも止められたら相当なことなんだと思う。

決まったならば会いに行こう。さあさあ行こう、ローニカ。


「レハト様、こちらですか?」

そう、こっちだ。
ローニカを後ろに俺は塔を下りて、回廊を歩き、いつもの場所へやってくる。

「訓練場でございますよ。」

あれ?さっき、犬小屋って言ってなかっただろうか。
でもここにいるのだ。呼べばたぶん来る。
適当に、グレオニーはいるかなと声をかければ、誰かしらがこちらに気付く。

「あ、寵愛者様。今日は侍従さんを連れてお散歩ですか。今、呼びますよ。おーい、グレオニー。レハト様いらっしゃってるぞ。」

そうすれば、ほらほら、来たでしょう。
駆け寄ってくるグレオニーの耳はぴょこりと立って、尻尾も左右に揺れている。
ふふん、よく懐いでいるでしょう?
グレオニーというのだ、俺が飼いたいのは。
大きいけどね、言うこともよく聞く良い子だよ。

「……彼は、犬、でしょうか。」

眉を寄せて、ローニカが呟く。
うーん?犬だよねえ。どうみても。
よし、来た来た。おはよう、グレオニー!

「おはようございます、レハト様。本日もいらしてくれたんですね。今日は、えと、何のご用で?」

俺とローニカに向かって一度お辞儀をして、グレオニーは言う。
今日はね、グレオニーをローニカに紹介しに来たの。
いいかい、グレオニー。俺はお前を飼いたいの、だから、俺の言うことちゃんと聞くんだよ?
ローニカにお前はできる子だって、教えてあげるんだからね。

「ええまあ、何かとんでもないことを仰らない限りは、ご指示に従いますけれど。……飼いたい?」

はい、じゃあ行くよ。グレオニー、お手!

「え、あ。はい、レハト様。」

よし、えらい!
見た?急な指示でも、俺の出した手のひらの上に、きちんと手を乗せ返せるグレオニーを。
撫でてあげよう。屈んで屈んで。

「ははは、ありがとうございます。」

えーと、次はそうだなあ、肩車にしよう。グレオニーは背が高いから見晴らしが良い。
はい、待ての態勢。うん、いいね。今そっちに行く。

廊下を回ろうと駆け出した瞬間、ローニカにやんわりと止められる。
俺は向こうに行かなきゃならないのに。

「レハト様。……こちらの衛士は、グレオニーさんと仰いましたか。犬ではございませんからね。」

飼えませんよ、とローニカは言う。
なぜ!こんなにかわいいのに!ていうか、グレオニーが犬じゃなかったらなんだっていうんだ。
ローニカには見えないのか、このもふもふした耳と尻尾が。

「……残念ではありますが、私めには見えないようです。」

なんてことだろう。
ローニカに駄目と言われてしまった。つまりそれはもう、本当に、駄目なやつ。

落ち込む俺とローニカを、交互にグレオニーが見返している。
ああ、グレオニー、ごめんよ。
俺はお前を飼えないの。かわいいお前を手元に置いて、なでなでしたかったのになあ。

俺に合わせて落ち込むまなくてもいいんだよ。
耳ぺたーんてしてるぞ。

「レハト様、とりあえずお部屋に戻りましょう。」

ローニカはグレオニーに一礼をして、グレオニーは心配そうな顔でこっちを見ている。
がっくりうなだれた俺は、ローニカに促されて部屋に戻る。
朝ごはんも食べてなかったなあ。


ざくざくとフォークを野菜に突き立て、口に入れる。
噛む速度はとてもゆっくりだ。
だって、朝から残念なことがあったら、そりゃあゆっくりになるよねえ?

「お気になさっているのですか、先程のグレオニーさんのことを。」

気にしているに決まっている。
やっぱり、どうしても駄目なんだろうか、ローニカ。

「獣と人は違いますよ。人は、飼うことはできません。……しかしレハト様、衛士さんをお側付きにしたいのであれば、護衛にするという方法もあるのですよ。」

改めて否定するローニカが、最後に気になることを言った。
ごえい、とな。

「お見かけしたことはございませんでしたか?ヴァイル様は時々ですが、タナッセ様はいつも大柄な衛士さんをお連れになられています。何も飼うなどと仰らず、あのようになされば……。」

……なるほど、そうか、そうなのか!
俺はローニカの手を取り、素晴らしい話をありがとうと伝える。

俺はてっきりペットは飼うものだとばかり思っていた。
お城の決まり事では、飼うのではなくて、ごえいにすればいいのか。
ごえいが何かは知らないけれど、きっとペットのレベルアップ版。

別の方法があったということで、なんだかわくわくしてきた。
俺はグレオニーをごえいにすればいいのだ。
これは王様に聞く必要があることなのかな?

「……ええ、陛下にお聞きになられるのが、宜しいですよ。私からもお伝えしておきましょう。」

今度のローニカはにっこり笑ってくれた。
やったね、グレオニー。お前は俺の手元に置いておけることになりそうだ。
そうと決まれば、今からきちんと食事や散歩の準備を考えておかなくてはならない。
俺が面倒を見てあげなくては。

しかし、意外だったのは、タナッセも俺と同じように犬を連れる趣味があったということだ。
あの彼の後ろにいつもくっついているのが、そうなんだろう。
あんまりかわいいと思ったことはないが、タナッセは格好良い系が好きなのかもしれない。

俺も大型犬は好きだから、今度会ったら犬の話をしよう。
タナッセとは趣味が合わないような気がしていたから、これは幸運だった。
同好の士は意外と近くに居たのだ。

息子がやってるんだったら、王様もきっと、俺にも良いよと言ってくれるだろう。
ふむ、余計にタナッセに感謝しなくちゃいけないな。
グレオニーがやってきたら、まずはタナッセにお礼を言うことにしよう。