傾き
王を目指していた。

唯一の家族を失って、居るべき場所を失った。
私が、私として、存在する証明が消えた。
徴があるからだった。

どこへも行けない私にとって、王になることは、この城の人間への反抗だった。
王位は確定されたものではない。
今まで生きた私の全てで、それを奪ってやりたかった。
そこに、私は自分を証明させることにした。

*

訓練場で剣を振るう私に、グレオニーは話しかけてくれた。
徴を持つ候補者ではなくて、田舎から登城してきた厄介者ではなくて、そのままの私に。
ここへ来て初めてだった。

気付けば訓練場へと向かっている自分がいた。
彼と話すことが楽しく、彼を応援する声に熱を込めていた。

グレオニーの悩みに耳を傾けることも多かった。
課題に取り組めば取り組んだだけ、成果をあげた私は、行き詰まりという感覚があまり理解できなかった。
それならば、私が彼をなんとかしてあげたいと、そう思うようになっていた。

*

私は彼を好いていて、彼も同じように私を好いてくれていた。
目が合えば微笑み穏やかな時間を過ごす。

中日も暇さえあれば彼と会って話をしていた。
私が励んでいると聞きつけ、好ましく評価してくれたときは嬉しかった。

ただ、たまに、寂しそうな表情を隠さないところもあった。
決まって私が貴族然とした振る舞いをみせるときで、彼の態度にも距離があるように思えた。

王を目指す私に滞りがある面があってはならなかった。
彼のその気落ちした声色を、良い感情で受け取れなかった。

思い返せば、このときにはもう決まっていたのかもしれない。

*

私は御前試合に出るつもりでいた。
たとえ力をつけても、城の人間に認められないと王位は私のものに成り得ないからだ。

彼と一緒に剣を振るう機会を持つようになった。
グレオニーが試合で勝利を得たいことを私は知っていた。
私が剣を取ることは、そのまま彼の勝利をひとつ減らすことに他ならなかった。

いつのまにか、剣術修練に割く時間が減っていた。

王となること、それから、彼と共に居ること。
どちらが本当に手に入れたいものなのか。

*

私はグレオニーを愛していた。
ただ側に居てくれるだけで良い、という感情で収まりがつかなくなっていた。
それを告げたときの、彼の答えは、私に決意をさせる。

私は王となろう。
彼が捧げてくれるものが、忠誠のただひとつなら。

*

試合の対戦相手にグレオニーが居た。
踏み込んで、その剣を弾いたときに、手加減をされていることを感じた。
試合場から立ち去る彼に一瞥もくれることができなかった。
表彰台から、天幕が見える。拍手の音が溢れていた。

私はグレオニーを護衛につける検討をはじめていた。
彼のことを考えてというよりも自分のために。
愛が得られなくとも側に居て欲しい。
我が儘の自覚はあった。

*

黒の月に入って、グレオニーから思わぬ誘いを受けた。
勝利を。私は、その言葉を受け止められなかった。

リリアノのところへ行こうと思った。
彼が自分の警護にあたらなくてはならないようにしたら、無理に試合に出させなくても済む。
試合場でまた相対するのが怖かった。
私は勝たなくてはならない。

私は王になる。そしてグレオニーを側に置いておく。
全部グレオニーのためではない。私のための我が儘を押し通す。
決意は揺るがなかった。

彼を護衛に任命できたのは、本当に試合の直前になった。
彼の辞退を拒否したあとの、誓いを立てる重い声が耳に残っている。

最後の試合の優勝者は私だった。

このひと月はもう、まともに彼の顔を見ていない。
彼に対する自分の感情と、自分の決意の釣合をとるのが難しかった。

*

この一年も明日で全て決まる日に、私は訓練場に居た。

雨が降り注ぐ中、グレオニーの言葉の節々からはいつもと変わらない自分への好意が窺えた。
護衛の理由を問われる。
側に居て欲しい、それだけだった。それ以上は望んでいなかった。

グレオニーの頬を赤く染めたその顔を見つめる。
彼の真っ直ぐな態度が嬉しかった。
彼の覚悟を蔑ろにしたことすら許容してくれるのかと、胸が熱くなった。

グレオニーの言葉には偽りが無く、だからこそ私は、今日の結果を選んだ。

守りたい、側に居たい。私の護衛に任命したあの日のような、迷いが混じったものではない想いを伝えてくれた。
いつか中庭で言われたような、ただひたすらな忠誠だと、宣言してくれた。

グレオニーは決して、愛していると口にすることはなかった。

最初から自分の我が儘でしかなかった。
遠く離れた二つのものを手に入れることは適わぬ願い事だった。

私は彼と同じ性を宣言する。
彼が忠義を唱えるに値する王になるために。

*

そうして私は、今このように、自身の存在を証明している。
たまに、あの日の彼が、愛しているとそう告げてくれていたらと、思わなくもない。

全てはもう、過去の話だ。